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大阪地方裁判所 昭和58年(ヨ)2794号 決定 1984年11月21日

申請人

藤田泰久

右訴訟代理人

戸田正明

豊川義明

蒲田豊彦

土本育司

被申請人

株式会社松村組

右代表者代取締役

松村雄吾

右訴訟代理人

井岡三郎

宿敏幸

鈴江勝

辻口信良

山尾哲也

主文

一  申請人が被申請人に対し、その仙台支店において労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  申請人のその余の申請を却下する。

三  申請費用はこれを二分し、その一を申請人の負担とし、その余は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一申請の趣旨

1  被申請人が申請人に対して昭和五八年六月一日付でなした被申請人仙台支店への配置転換命令の効力を仮に停止する(第二一六三号事件)。

2  被申請人は、申請人を、被申請人大阪本店工務部研究課所属の従業員として仮に取り扱え(第二七九四号事件)。

3  被申請人は、申請人に対し、昭和五八年七月九日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り月額二九万三五〇〇円の割合による金員を仮に支払え(同右)。

4  申請費用は被申請人の負担とする。

二申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当裁判所の判断

一申請人に対する配転命令と解雇次の事実は当事者間に争いがない。

1  被申請人は、建設工事の請負、企画、設計、監理等を目的とし、肩書地に本店を置き、札幌市、仙台市、東京都千代田区、名古屋市、広島市及び福岡市に各支店を有し、従業員約一八〇〇名を擁する株式会社である(なお、商業登記簿上の本店、支店は右のとおりであるが、実際上は、肩書地に各支店を統括する「本社」と支店の一つにすぎないが呼称が他の支店と異なる「大阪本店」とが組織上区別されて存在している。以下、実際上の呼称にしたがつて、本社、本店、支店の言葉を用いる。)。

2  申請人は、昭和四四年三月大阪大学工学部建築工学科を卒業し、同年四月被申請人に雇傭され、昭和五八年五月当時大阪本店工務部研究課に配属されていた。

3  被申請人は、申請人に対し、昭和五八年六月一日、青森県三沢市の米軍発注にかかる憲兵隊舎建築工事(以下「三沢米軍工事」という。)現場に配置させるため仙台支店勤務を命じたが(以下「本件配転命令」という。)、申請人がこれに応じなかつたため、同年七月八日、就業規則第五九条、第六〇条に基づいて本件配転命令にしたがわなかつたことを理由に懲戒解雇に処する旨の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。)。

二本件配転命令に至る経緯とその後の事情

当事者間に争いがない事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  申請人の経歴

申請人は、被申請人に雇傭された昭和四四年四月から昭和四六年三月まで近畿大学本館新築工事事務所の現場員、同年三月から昭和四七年六月まで和歌山市ブラクリ町店舗ビル工事の現場員、同年六月から同年一〇月まで神戸ライナー埠頭地現場員、同年一〇月から昭和四八年四月まで大阪本店工務部現寸班(内勤)、同年四月から本件配転命令時まで大阪本店工務部研究課に所属し、コンピューターを利用して工事施工図面等を作成する図形処理システムの研究に従事していた。なお、申請人は、昭和五二年二月二五日から三月三〇日まで三四日間、米国における発注方式、施工実態、契約業務などについての調査等の目的で、本店工務部長稲上昌三と共に米国サンフランシスコ、シカゴ、ニューヨーク方面へ出張した。

2  本件配転命令内示までの経緯

被申請人仙台支店長櫻田雅昭は、昭和五七年一一月下旬、本社で開催された定例店長会議の席上、昭和五八年早々青森県三沢市の三沢米軍工事が防衛庁を通さずに直接米軍から発注される予定であるとの展望を報告するとともに、右工事は米軍からの直接の発注であることを考慮して一種の海外工事という認識の下で臨みたい旨の意見を述べ、右会議の終了後、本社管理本部長兼総務部長畑中喜夫(以下「畑中総務部長」という。)に対し、三沢基地は今後拡大されていく傾向にあるから工事の発注も多くなることが予想され、今後被申請人の受注の拡大を図るためにも、今回の右工事に英語に堪能で、文章力の秀れた技術系従業員を一人派遣してもらいたい旨要望した。

畑中総務部長は、早速本社の伊豫本人事課長及び石川義之総務部次長らと人選を検討した結果、申請人が大学在学中英検二級に合格しており、また入社後海外工事の施行実態視察等のため約一か月間米国へ出張した経験もあつて英語ができること、技術系従業員であること等を考慮して適任だと判断した。

畑中総務部長は、昭和五八年一月一〇日ころ、大阪へ新年挨拶で訪れた櫻田仙台支店長から、三沢米軍工事の発注が二月予定から三月予定へと遅れる見通しである旨報告を受けたが、その際同支店長に対し、三沢米軍工事への派遣は申請人が適当であると考えている旨伝えた。畑中総務部長は、同年一月ころ、大阪本店長井上司郎に対し、仙台支店長から人員派遣要請がなされていること及びその内容を伝えるとともに、畑中は申請人が適当であると考えている旨話すと、井上本店長は「わかりました。考えときます。」と返事をしたので、畑中は右人選について井上本店長も特に異議はないものと受け取つた。畑中は、同年一月末仙台へ出張した際、櫻田仙台支店長に対し、派遣は申請人に決まつたので、今後の三沢米軍工事の交渉経過を逐一報告するよう指示した。右工事の発注は、米軍側の都合でその後も延び、結局同年四月八日米軍から同年五月一七日に入札を行う旨の通知を受け、同年五月一七日入札が行われ、被申請人(仙台支店)が落札し、翌五月一八日畑中総務部長はその報告を受けた。櫻田仙台支店長は同月一九日畑中総務部長に対し、申請人の派遣時期は着工の一〇日から二週間前で十分であること及び着工命令は六月一五日ころになると予想される旨報告したことから、結局申請人に対する配転命令は六月一日付とすることが決まつた。

一方、井上本店長は、同年四月か五月初めころ、畑中総務部長に対し、三沢米軍工事への派遣は申請人でよい旨明確に返事をした。畑中総務部長は、五月一九日井上本店長に対し、櫻田仙台支店長から受けた報告及び申請人の配転時期を伝えようとしたが、井上本店長が出張中のため伝えることができず、五月二一日になつてこれを伝えるとともに、申請人に対する配転内示を依頼した。井上本店長は、五月二三日申請人の直属の上司である本店工務部長稲上昌三を通じて申請人に内示をしようとしたが、稲上工務部長が出張中のためその日はやめ、翌五月二四日朝稲上工務部長に対し初めて申請人の配転のことを話し、申請人へ本件配転を決定事項として内示するよう指示した。稲上は、同日夕刻申請人に対し本社の決定事項ということで六月一日付で仙台支店への配転が決まつたことを告げた。申請人は、稲上に対し、ここ数年来コンピューターによる図形処理の仕事に取り組んできたのに今配転を命じられるのは合点がいかないこと、申請人は次期組合本部執行委員長候補者に内定しているので組合と相談しなくてはならないこと、どうしても行けと言われれば行くか辞めるしかないという意味のことを述べた。

3  労働組合の対応

(一) 被申請人の労使関係と申請人

被申請人にはその従業員で組織する労働組合である松村組職員組合(以下「組合」という。)があり、被申請人の肩書地に本部を、本店及び支店の各所在地に支部を置いている。組合は昭和二二年に結成されたが、昭和四〇年代初め頃までは目立つた活動がなく、当時組合本部執行委員長を経験した者で今日被申請人の取締役等の重職に就いている者も少なくない。組合は、昭和四四年に初めてスト権を確立し、昭和五四年度に全日スト、昭和五五年度に半日ストをそれぞれ行つたが、性格としては比較的穏健な組合であつた。

申請人は、入社した年である昭和四四年一〇月組合に加入し、昭和四七年度から昭和五四年度まで連続して八年間組合本部役員の地位にあり、うち昭和五〇年度及び昭和五四年度は本部執行委員長を、昭和五二年度は本部副執行委員長を、その余は本部執行委員を歴任し、昭和五五年度には大阪支部執行委員長となつたが、昭和五七年度には、組合の諮問機関であり、組合員の資格を有する本部役員経験者で構成している松村組職員組合顧問会の副会長に就任した。その間、申請人は、昭和四七年度には組合の賃金資料の電算化に取り組み、昭和五四年度の本部執行委員長時代には組合結成後初の全日ストを実施し、また主事手当問題で労働基準監督署に提訴するという手段を初めて利用するなどして、労使双方から組合活動に熱心な者として知られていた。

(二) 組合の昭和五八年度本部執行委員長候補者人選の経緯

組合役員の任期は八月一日から翌年の七月三一日までの一年間とされ、毎年六月末までに次期役員を改選することが組合規約で定められている。組合役員のうち、本部執行委員長は、職務内容が広範かつ重要であるため職場及び委員長選出支部による支援体制を必要とするところから、年度ごとにあらかじめ委員長選出支部を決定しておくという方法が行われており、昭和五七年八月開催の第四四回組合全国大会で、昭和五八年度の本部執行委員長は大阪支部から選出することが決定されていた。したがつて、各支部から本部執行委員長候補者を一応選出するものの、実際に本部執行委員長に選出されるのは委員長選出支部から選出された候補者であり、他の支部の候補者は各支部選出の本部執行委員に選ばれるというのが慣例であつた。昭和五八年度の役員選挙日程は、五月一六日から同月二六日までが立候補受付期間、六月一日から同月一〇日までが支部役員投票期間、同月一四日から同月二〇日までが本部役員投票期間と決定され公示されていた。例年、次期本部執行委員長を選出することがあらかじめ決められている支部では、当該支部選出の本部役員及び当該支部執行委員会が中心となつて人選に当たり、その人選結果について本部執行委員会及び他支部に報告し、特段の事情のない限り承認が得られ、その上で当該支部執行委員会の推薦候補者として扱われる運びで、他方みずから立候補する者がないこととあいまつて、当該支部推薦の候補者が最終的に本部執行委員長に選出されている。

大阪支部では、昭和五八年度の本部執行委員長を同支部から選出することが決まつていたため、同年一月在阪本部役員藤田不可止、同後藤和則及び同堀内敏彦が本部執行委員長候補の人選に着手し、同年二月松村組職員組合顧問会の会長である氏家三善(以下「氏家」ともいう。)及び副会長である申請人の両名に人選の協力を依頼した。同年二月から五月上旬までのあいだ、右五名の協議により次期本部執行委員長として適任と思われる者六名を選び、順次説得を試みたがいずれも不調に終わり、人選が難行ママするなか四月中旬ころから、誰も引き受けないのであれば人選に当たつた者の中から引き受けなければならないとか、氏家が家庭の事情で無理であれば結局申請人が引き受けるしかないというような話が出始め、五月一〇日ころ前記在阪本部役員三名及び氏家から申請人に対し次期本部執行委員長候補になつてくれるよう申込みがあり、五月一六日申請人は組合事務所で右四名に対し「他にいなければやらねばなるまい。」と次期本部執行委員長候補になる覚悟があることを表明した。申請人は、既に二回本部執行委員長の経験があり、年齢も当時三八歳なので組合のためにはもつと若い者のなかから候補者を出すべきだと考えていたが、他にいなければやむをえないということでやむなく応諾の意向を示したのであるが、その際なお他の者の説得を続けるべきであることを付け加えた。氏家は、翌五月一七日と一八日、人選に関与した者や元組合本部役員らに対し、次期本部執行委員長は申請人でいく旨報告するとともにその了承をとつて回つたが、その際元組合本部役員の一人から、被申請人が次期本部執行委員長人事を知つて何か画策をしているといううわさを伝え聞いた。五月一八日、在阪本部役員の藤田不可止及び同後藤和則が大阪支部役員の成山正勝支部執行委員長及び北山悟支部書記長に会つて、次期本部執行委員長は申請人がやることを確認した。五月一九日、在阪本部役員から東京支部の馬場英雄本部執行委員長に対して申請人が次期本部執行委員長になることになつた旨連絡し、来阪を頼み、翌五月二〇日、来阪した馬場本部執行委員長も申請人を次期本部執行委員長候補者として了承した。

(三) 配転内示後発令までの事情

組合在阪本部役員は五月二四日夜申請人に対し配転の内示があつたことを知り、直ちに東京の馬場本部執行委員長にその旨伝えるとともに来阪を依頼した。翌二五日午後、組合本部三役(馬場本部執行委員長、藤田不可止本部副執行委員長、後藤和則本部書記長)は、伊豫本人事課長に対し、申請人は次期本部執行委員長候補者に内定していることを説明して内示の撤回と労働協議会開催の申入れを行つたがいずれも拒否された。同日夜、本部三役、申請人、在阪の本部役員経験者等が集まつて本件配転内示について協議した結果、組合としては本件配転の内示は被申請人の組合人事への介入であり、被申請人に対し右内示の白紙撤回を要求することを確認した。組合は五月二六日石川義之本社総務部次長及び伊豫本人事課長に対し、内示の撤回を申し入れたが拒否され、また労働協議会の開催の申し入れもしたが付議事項ではないとして拒否された。組合は同日午後被申請人に対し、文書で、本件配転が行われれば申請人の本部執行委員長の職務及び組合の活動に重大な支障をきたすこととなるので、本件配転の内示を撤回することとそのための話し合いを早期に開催することを申し入れた。組合は同日夜緊急本部執行委員会を開催し、次期本部執行委員長に申請人を推すこと、本件配転の内示撤回を組合の組織防衛の闘争と位置付け全力をあげて闘うこと、できれば五月中に解決し全面対決という事態は避けたいこと、以上の三点を確認した。組合は五月二七日被申請人に対し、再度文書で労働協議会の開催を申し入れた。五月二八日馬場本部執行委員長が畑中総務部長に会い労働協議会の開催を申し入れたが拒否された。同日夜組合本部役員は、申請人が被申請人社長松村雄吾宛に、組合と被申請人との全面対決を避けるため本件配転の内示を被申請人が撤回すれば申請人は次期本部執行委員長候補者を降りる旨の手紙を出したこと及び氏家が同社長に対し同趣旨の直訴をしたことを知り、翌日右手紙及び直訴は意外ではあるが、もし本件配転の内示が撤回されれば申請人が次期本部執行委員長候補となることを辞退するだろうという判断で、その場合の代わりの候補者として当時の成山正勝大阪支部執行委員長の説得に当たつた。五月三〇日定例の労働協議会が開催されたが、その席上組合が本件配転問題にふれると被申請人代表協議会委員は、その問題は申請人個人の苦情処理の問題であるにすぎず労働協議会の付議事項には当たらないとして協議を拒否した。組合は被申請人に対し、五月三〇日、三一日重ねて前記文書と同趣旨の文書を提出した(なお、五月三〇日付申入文書において、組合は、本件配転の必要性、時期、人選に関する説明を文書で回答するよう求めたが、被申請人はこれに応じなかつた。)。五月三一日大阪本店において苦情処理の申立てがあり、即日苦情処理委員会が開催された。席上井上本店長から本件配転に関する説明があり、昭和五七年一一月ころから三沢米軍工事を単独で受注する予定であるという話があり、受注できた場合には被申請人の従業員の中から通訳もでき英語に堪能な技術系従業員を派遣しようと考えていたこと、昭和五八年五月中頃に右工事を落札することができて同月二一日本社から右工事に派遣する者として申請人を指名してきたが、井上本店長も申請人が適当と判断し申請人を右工事に派遣することが決まつたこと、被申請人は内示を撤回する気はないこと等を説明した(六月一日内示通り申請人に対し本件配転命令が発せられた)。

なお、この間五月二六日午前、申請人は松村雄吾社長宛に、被申請人と組合との全面対決を避けるため被申請人が本件配転内示を撤回してくれるならば申請人は次期本部執行委員長から降りてもよい旨の内容の手紙を社長秘書を通して差し出したが、右手紙は開封されることなく申請人に返却された。申請人から右手紙をあらかじめ見せられていた氏家は、手紙が読まれずに返されたということを聞いて、同日夕刻本社玄関前で退社する松村社長を待ち受け、直接右手紙の内容と同趣旨のことを訴えたが、松村社長の返事は申請人は能力があり適任と考えているというものであつた。

(四) 本件配転命令後の事情

組合は昭和五八年六月三日申請人に対し、本件配転命令は不当労働行為であつて無効であるから従来の業務に専念するよう、文書をもつて指示した。組合はその後も再三にわたり労働協議会の開催を要請したが、被申請人は付議事項ではないという理由でこれをすべて拒否した。また組合は本社に対し、労働協約三九条(組合役員の転勤等の場合に事前に組合の意見を聞く条項)の解釈、類推適用について、労働協約第二一条に基づく苦情処理(会社と組合間の苦情処理)を申し立てたが、本社は、本件配転問題は申請人個人の問題であつて会社と組合間の問題ではないこと及び労働協約三九条は現に組合役員の地位にある者の転勤等に関する規定であること、類推解釈すべきでない(本件仮処分申請事件の昭和五八年六月一〇日付答弁書)と反論して係争中であることを理由としてこれを拒否した。

次期組合役員の選挙手続は公示通り行われ、その結果六月二〇日申請人が次期本部執行委員長に選出された。

本店で行われていた申請人申立にかかる苦情処理手続は、六月二一日(第二回)、六月二四日(第三回)に行われたが、結局本店長では処理できないとして六月二四日本社に具申され、本件懲戒解雇後の七月二五日本社において第一回の苦情処理手続が行われたものの事態の進展はなかつた。

被申請人は申請人に対し、再三本件配転命令に従うよう文書ないし口頭で命令、勧告するとともに、申請人のタイムカード、机の中の私物を撤去したが、申請人は配転に応じないまま、昭和五八年八月一日から組合本部執行委員長に就任した。

4  三沢米軍工事の進行状況等

被申請人が昭和五八年五月一七日落札した三沢米軍工事は米軍の都合で入札をやる直すこととなり、結局八月一一日改めて入札をした結果被申請人(仙台支店)が再度落札して、九月二二日正式に受注契約が交わされ、一〇月二二日着工する運びとなつた。

被申請人は、申請人を英語に堪能で文章力もある技術系従業員として三沢米軍工事の副所長として派遣する予定であつたが、申請人が本件配転に応じなかつたため、現在右工事現場には所長と女性の事務員一人の計二人が被申請人から派遣されているだけで、被申請人から申請人に代わる者は派遣されてはいない(なお、被申請人従業員の中に申請人に代わる者がいないという説明はなされていない。)。現場の通訳等の仕事については六月中旬から仙台支店において臨時の傭入交渉を開始し、戦後長く米軍の工事の監督官をしていた経験をもつ協和建設株式会社(設備業者)の原田某を活用することとし、そのため右会社を設備関係工事の下請業者とすることにより原田を通訳として利用している。

三本件配転命令と不当労働行為の成否

1  申請人は、本件配転命令は、申請人が組合の次期本部執行委員長候補者として推薦されることを察知した被申請人が、申請人を遠隔地に配転することによつて同人が次期本部執行委員長に就任することを阻止し、若しくは同人を事実上組合活動の中枢から排除し、組合の組織を弱体化させその運営に重大な支障を与えることを狙いとして急遽なされたものであつて、申請人に対する不利益取扱いであると同時に組合に対する支配介入行為にあたる不当労働行為であると主張する。

しかし、前記二2認定の本件配転内示に至る経緯をみれば、組合の本部執行委員長候補者として申請人の名前が挙がる以前から本件配転は事実上予定されていたのであるから、本件配転は申請人の本部執行委員長就任阻止ないし組合活動からの排除を目的として急遽なされた不当労働行為であると認めることはできない。

なお、申請人は右主張の根拠として、申請人は組合活動に積極的に取り組んでいたが、本件配転を決定した畑中総務部長は組合を敵視していたうえ、申請人に対し個人的なうらみをもつていたこと、配転の内示がなされた時期が、申請人が次期本部執行委員長候補者と内定した後でかつ組合役員選挙開始前であり、正式辞令が支部役員選挙投票開始日当日であること、しかも本件配転対象者の選定手続に合理性がないうえ、申請人本人及び直属の上司である稲上工務部長に打診をしていないこと、本件配転先には業務上の必要性・緊急性はなかつたこと、かえつて、申請人を従来業務である図形処理の研究からはずすことは右研究に重大な支障をきたすことになること、本件配転の内示後申請人及び組合からの話合い申込みを被申請人が一切拒否したこと、本件転勤が労働協約三九条に違反していることを挙げる。

しかしながら、前認定のとおり、申請人は組合役員の地位を歴任し、組合活動に熱心な者という評価はあるが、申請人の活動内容を含め組合の行動は建設的でかつ隠ママ健であるように窺われるうえ、申請人は会社業務の面においても熱心で、海外工事施工の実態の視察等の目的で米国出張を命ぜられたこともあり、また最近では業界で関心がもたれているコンピューターによる図形処理システムの研究に関し本店で事実上中心的な役割を果たしていたように窺われるから、被申請人が申請人の組合活動の面のみをみて申請人を会社に対立する好ましからざる存在として評価していたということはできない。

もつとも、疎明資料によれば、現本社総務部長畑中喜夫は昭和五一年三月から同五七年三月まで札幌支店長をしていたが、当時札幌支部の和田組合員の責任を厳しく追及した問題(いわゆる和田問題)で、本部副執行委員長であつた申請人らが大阪本店から札幌へ出向いて畑中に抗議を申し入れたり、畑中の行状に関し調査に行つたりしたことのあることが一応認められるが、その故にその後畑中が申請人に対し個人的うらみを持つに至つたとか、組合活動を嫌悪するようになつたとかを推認することはできない。

また、本件配転命令の内示は組合役員選挙開始前になされ、正式辞令は同選挙投票開始当日になされているが、二2の本件配転内示までの経緯及び同3(二)認定の昭和五八年度組合執行委員長候補者人選の経緯をみれば、被申請人と組合は他方の人選経緯を知ることなくそれぞれの人選を内部で行い、本件配転命令の内示がなされることによつて、双方の人選結果を知ることになつたと一応推認できるので、本件内示及び正式辞令の時期をもつて本件配転が不当労働行為に当たると推認することはできない。

更に、本件配転がその人選にあたり、まず数名を選びその中から最適な者一人を選ぶというような慎重な手続でなされたとは必ずしも言えないが、三沢米軍工事を国内における一種の海外工事として位置付け、そのため英語に堪能で文章力もあり技術にも通じている者を派遣するということになつた場合、海外工事の施工実態の視察を目的とした米国出張の経験があり、英語もできると評価され、大阪大学工学部建築工学科卒で技術の能力もある(疎明資料によれば、申請人は一級建築士、コンクリート技士、溶接技術者一級、英検二級の資格を有することが一応認められる。)申請人が多くの調査を要せず選ばれたとしても首肯できないものでもなく、また疎明資料によれば、被申請人においては建設請負業という業務の性質上、受注のつど急遽不定期的配転がなされ、配転を決定するに先だち直属の上司や本人に意向打診するのが通例であるとはいえないことが一応認められるから、人選の手続が特に異常だとみることもできない。

次に、疎明資料によれば、被申請人の三沢米軍基地の工事は今回の工事が始めてではなかつたものの、それまでの工事は池崎工業とのジョイント・ベンチャー形式であつて、その際の通訳は池崎工業から出していたが、今回の工事は被申請人の単独施工であるため、被申請人において通訳業務を行う者を用意する必要があつたことが一応認められる。そして、前認定のとおり、仙台支店においては米軍三沢基地の工事発注が今後拡大傾向にあるとの認識を有していたのであるが、このような場合、建築工事の請負等を目的とする企業が、この機会に単なる通訳業務だけを行える者でなく、英語の読み書きができ建築技術にも通じた者を派遣して、今後同基地工事の受注拡大を図ろうとすることには合理性がある。なお、申請人が本件配転命令を拒否したため、仙台支店においてはやむなく長年米軍工事の監督官をしていた経験のある者を活用するため、その者が勤務している設備業者を設備関係の下請にすることにより、その者に通訳業務を担当させていることは前認定のとおりであるが、これら応急の処置と窺われ、被申請人が従業員の中から代わりの者を人選して派遣しなかつたからといつて、三沢米軍工事に英語が堪能で文章力がありかつ技術にも通じている者を派遣する業務上の必要性がなかつたとはいえない。なお、前認定のとおり、被申請人が昭和五八年五月一七日三沢米軍工事を落札したが、その後同年八月一一日に再入札が実施されて被申請人が再度落札し、同年九月二二日正式受注契約、同年一〇月二二日着工となつたので、三沢米軍工事の着工に間に合わせて本件配転を行うのであれば、本件配転命令の内示及び正式辞令は結果的には時期的に早いこととなるが、疎明資料によれば、本件内示時点においては三沢米軍工事の着工が六月一五日ころになると仙台支店では予想していたのであるから、同予想に従つてなされた本件内示及び同内示で示された辞令時期である六月一日になされた正式辞令は、時期的にみて不合理とはいえない。

また、疎明資料によれば、被申請人の従業員は採用されるに当たり、勤務の場所については会社の命令に対し異議を申さない旨誓約し、現場勤務をする者が比較的多いが、内勤と現場勤務とを経験しながら昇進していく者も少なくなく、現に本店工務部研究課から遠隔地の現場に異動した例も少なくないことが一応認められるところ、申請人は入社後約三年間近畿圏内の現場勤務をした後本件配転命令が出されるまで約一一年間大阪本店工務部の現寸班及び研究課の勤務が続いたのであるから、被申請人が申請人に対し現場勤務を命ずることも理由がないとはいえない。なお、疎明資料によれば、申請人が従事していたコンピューターによる図形処理システムの研究については、当時採用すべきコンピュータの機種も未定の状態であつたため、その引き継ぎ等につき特別の配慮を必要とする状況ではなかつたことが一応認められる。

そして、前認定の本件内示後の申請人及び組合と被申請人との交渉経過によれば、後記認定のとおり、被申請人の態度は強硬であつて、そのため申請人及び組合に対し本件配転が不当労働行為ではないかとの意を強めさせてはいるが、被申請人は、本件配転内示後の申請人及び組合の配転撤回の要求申入れに対し、本件配転を撤回する意思のないことを示すため強硬な態度をとつたと一応推認できるので、右被申請人の強硬な態度の存在をもつて本件配転の不当労働行為意思を推認することはできない。

本件配転が労働協約三九条に違反していないことは後記のとおりである。

2  また申請人は、仮に本件配転が昭和五八年一月段階で決定されたとしても、本件配転対象者の選定手続が不合理であること及び畑中が申請人に対し個人的うらみを有していたことから、本件配転命令は、申請人に対する畑中の個人的うらみを晴らすとともに申請人の組合に対する影響力を減殺しようと企図してなされたものであるから、不当労働行為に該当すると主張する。

しかしながら、前示のとおり、本件配転対象者の選定手続が特に異常であつたとみることはできず、畑中が申請人に対し個人的うらみを有していたと推認することもできないし、その他右申請人主張のような意図を込めて昭和五八年一月段階から本件配転を計画したことを窺わせる疎明資料も存しない。

3  更に申請人は、被申請人は本件配転命令の内示後申請人が組合(大阪支部)推薦の次期本部執行委員長候補に内定していたことを知り、加えて組合から組合運営上重大な支障が生じるので再考してもらいたい旨の申入れがあつたにもかかわらず本件配転の正式辞令を強行したことは不当労働行為に該当する旨主張する。

しかしながら、前認定のとおり、本件配転は三沢米軍工事が一種の海外工事として位置付けられ、今後の受注競争のことも考慮されて能力のある人員を派遣するためになされたものであつて、業務上の必要性から計画され、内部的決定に基づき内示、その後の正式辞令と手続が履行されたに過ぎないから、内示後申請人が次期本部執行委員長候補に予定されていたことを知つて被申請人に不当労働行為意思が生じたと推認することはできないうえ、本件配転の内示があつた後、組合は本件配転の内示が撤回されて申請人が次期本部執行委員長候補者を降りることとなつた場合に備え、代わりの候補者を立てる行動をとつており、この段階で代わりの候補者を立てる可能性がなかつたとはいい切れなかつたし、疎明資料によれば、次期本部執行委員長に申請人がなるか他の者がなるかによつて今後の組合活動に及ぼす影響力に大きな差は生じないものと一応認められるのであるから、被申請人が本件配転の内示後に申請人が組合推薦の次期本部執行委員長候補者に内定していることを知つてなお配転を行つたとしても、それをもつて申請人をその正当な組合活動の故を以て不利益に取り扱つたとか、組合人事に介入したとか評価することはできない。

4  以上の次第で、本件配転命令が不当労働行為にあたるという申請人の右主張はいずれも理由がない。

四本件配転命令と労働協約違反の有無

1  疎明資料によれば、被申請人と組合との間には、互いに信頼して労働条件を維持改善し、能率の増進を図り、もつて正当かつ平和な労使関係を確立することを目的として、労使それぞれ記名押印した書面による労働協約が存在し、その三九条には次のような規定のあることが一応認められる。

「会社は、業務の必要あるときは、組合員に転勤または職務の変更(出向を含む)を命ずることができる。ただし、本人が組合の次の役にある者で、あらかじめ組合の意見を聞き、その者の転勤または職務の変更(出向を含む)が、組合の運営に著しい支障があると認められたときは、転勤を命じないものとする。

本部執行委員長 本部副執行委員長

本部書記長   本部執行委員

支部執行委員長 支部副執行委員長

支部書記長   支部執行委員」

2  申請人は、組合役員の選挙の仕組みと実態からみて、本部執行委員長選出予定の支部から推薦された本部執行委員長候補者は選挙において例外なく当選しており、右支部推薦の本部執行委員長候補者と内定した者はその段階で当選は確実であり、転勤等による組合の運営上の支障は現役役員と同様に配慮されて然るべきであるから、右候補者に内定した者についても労働協約三九条の適用または類推適用を認めるべきであると主張する。

右規定は、現役役員の転勤等が組合運営に著しい支障を与えることが多いところから定められたと解し得るが、そもそも労働協約において本条のように配転を制約する条項を設けることは、本来使用者の行使し得る人事権を制約するものであるから、その条項の類推適用は慎重になされるべきである。

なるほど、疎明資料によれば、次期本部執行委員長選出予定の支部から推薦された同委員長候補者はこれまでのところ選挙において当選していることが一応認められるものの、当該支部で人選された候補者は組合内部で次期本部執行委員長候補者として最有力な者であることが内定したにすぎず、まだ候補者として被申請人に対しては勿論一般組合員に対しても公にされてもいない段階にある者の場合には、被申請人としてはこのような者を知ることはできず、したがつて、あらかじめ組合の意見を聞くべき対象者ということができないから、支部内部で候補者を選出中の段階まで右規定の適用(類推適用)範囲を拡げることは、不明確な事実のうえに労働協約違反の効力を問議することになり妥当な解釈方法といえず、結局、本件配転内示段階で右規定を適用(類推適用)すべきではないと解するのが相当である。

そして、配転内示後においては、現役組合役員が配転の内示された場合と異なり、内定者を変更することは可能であるから、当該内定者が転勤した場合には組合役員として支障があると組合が判断したならば内定者の変更をすることによつて組合運営上の支障を回避すべきで、被申請人において転勤内示を行つた後に当該対象者が組合役員候補者として内定していることを知つたような場合まで、労働協約三九条によつて配転命令権が制約されている趣旨と解釈することはできない。

よつて、本件配転命令が労働協約に違反する旨の申請人の主張は理由がない。

五配転命令権濫用の有無

1  被申請人の営業目的からその従業員は現場勤務が多く受注のつど不定期的配転がなされてきたこと、従業員は雇傭されるに当たり勤務の場所については会社の命令に対し異議を申さない旨誓約していること(疎明資料によれば申請人もこの例に洩れない。)は前認定のとおりであるから、被申請人は申請人に対し、その業務上の必要性に基づいて配転を命じうることは明らかである。

2  申請人は、不当労働行為の主張及び労働協約違反の主張の根拠として主張した各事由が存することからして、本件配転命令は配転命令権の濫用であると主張するが、右申請人主張の事由が存在しなかつたり、配転命令権の濫用の根拠となり得ないことは前記各主張に対し判断したところと同様である。

3  なお、申請人は、配転命令権の濫用の主張の根拠として、申請人の妻の父が脳卒中後遺症にてリハビリ中であるという家庭事情を挙げる。そして疎明資料によれば、申請人と同居中の妻の父が脳卒中で当時からリハビリ中であること、しかし、被申請人はその当時その事実を知らなかつたこと、申請人は本件配転命令内示の際及びその後において配転拒否の理由として右家庭事情を強く主張しなかつたことが一応認められるうえ、右家庭事情を考慮に入れたとしても本件配転が直ちに配転命令権の濫用になるということはできない。

もつとも、被申請人において、申請人に対し事前の意向打診をせず、内示後申請人及び組合からの配転の再考を求める申入れや労働協議会開催の申入れを拒否したことにより、申請人側からみると本件配転が申請人個人の家庭事情や組合に及ぼす影響が少なくないことを考慮せず強引にすぎると思科してもやむをえないところがないではないが、前認定の業務上の必要性、人選の合理性、被申請人の請負業という業務の性質上急遽配転が行われることが少なくなく、かつその際事前に本人の意向を打診するということが必ずしも行われていないこと等を考慮すると、結局、被申請人の業務上の必要性等に比べ申請人及び組合が被る不利益ないし損害が大きいとして、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くとまではいえない。

よつて、配転命令権の濫用の主張も理由がない。

六本件懲戒解雇の効力

1  疎明資料によれば、被申請人の就業規則第一〇章に懲戒の定めがあり、その懲戒事由として、「故なく所属長の指示命令に服従せず、職場の秩序を乱したとき」(五九条四号)、故意または重大な過失により、業務を阻害し、会社の体面を汚し、また直接間接に会社に損害を与えたとき」(同九号)、「その他前各号に準ずる不都合な行為のあつたとき」(同一三号)という項目があり、懲戒の種類を戒告、譴責、減給、出勤停止及び解職の五種類と定めていることが一応認められる。

そして、前認定のとおり、申請人は本件配転命令後、被申請人から再三配転命令にしたがうよう文書ないし口頭で命令、勧告を受けたにもかかわらず配転先である仙台支店への赴任を拒否し続け、被申請人はやむなく応急の処置をとらざるを得なかつたから、被申請人が申請人の右所為について懲戒事由に該当すると判断し、本件懲戒解雇をするに至つたことは理由が全くないとはいいえない。

2  申請人は、本件解雇が懲戒権の濫用として無効であると主張する。

前認定の本件配転命令に至る経緯とその後の事情によれば、本件配転命令に至る被申請人側の人事の動きと組合における次期本部執行委員長候補者の人選とがそれぞれの内部で進められ、いずれの人選においても申請人が適当として選ばれるに至り、それが本件配転内示の時点で共に相手方の知るところとなつたが、配転に応じながら本部執行委員長の職責を果たすことは事実上極めて困難であるため、本件配転命令の内示を契機として被申請人と申請人ないし組合とが互いにそれぞれの人選が尊重されるべきことを主張して譲らず、申請人ないし組合は配転拒否、申請人の次期本部執行委員長への選出を履践して本件配転命令に対抗し、被申請人は本件懲戒解雇に及び紛糾の度を深めたということができる。

ところで、疎明資料によれば、被申請人側で本件配転命令の掌にあたつた畑中本社総務部長には、申請人が本件配転の内示後、組合問題にかこつけて配転拒否の正当な理由にしようと考え、敢えて組合役員の候補者になる決心をしたとの認識があり、それが本件解雇の理由の基礎になつているように窺われる。

なるほど、疎明資料によれば、その認識の材料となるような、配転内示時点で申請人が配転に難色を示した理由を述べた際、組合の委員長候補になつていることを最初の段階で言つていないこととか、「どうしても行けと言われればやめざるを得ない。」と発言したこと、内示後申請人や組合側の者が被申請人に対し、本件配転の内示を撤回すれば申請人を次期本部執行委員長候補者から降ろす旨申し出た事実の存在も一応認められるが、しかし、本件の審尋結果によれば、右申請人及び組合側の申し出は労使の全面対決回避の目的でなされたものであることが窺われ、申請人が配転内示後急遽次期組合本部執行委員長候補者になつたと推認することはできない。

そうすると、申請人が本件配転を拒否する正当な理由とするため配転の内示後急遽次期本部執行委員長候補者となることを決心したとの認識のもとに、被申請人が申請人の配転拒否に対し懲戒解雇をもつて対処したことは、懲戒解雇の基礎となつた認識に誤認があつたといわざるをえない。

そのうえ、前記本件配転内示後の労使の折衝の経過から明らかなように、被申請人は本件配転は申請人個人の問題であつて組合の問題ではないから本店の苦情処理の手続を踏むべきだとして労使間の話し合いのテーブルに全くつかず、また組合は被申請人に対し本件配転の必要性、時期、人選に関する説明を文書で回答するよう求めたが、被申請人はこれに応じることなく申請人及び組合に対して強硬な態度をとり続けたこと(なお、昭和五八年五月三一日大阪本店で開かれた苦情処理委員会に於て、井上本店長から本件配転に関する一応の説明がなされているが、その説明では早い時期から申請人を適当として決定していた経緯等について全く説明されていないばかりか、五月二一日に初めて本社から申請人を指名してきた旨の説明がなされており、この説明では申請人及び組合の抱いていた疑念を取り除くための説明、努力がなされたとはいえず、かえつて申請人及び組合に対し不当労働行為の疑念を強めさせたといえる。)などから、組合及び申請人が本件配転につき不当労働行為の疑念を持ち、組合は申請人に対し従前業務に従事せよとの指示を発し、申請人はこれに従つて本件配転命令を拒否し続けたということもあり、被申請人側の対応の方法にもその原因となるものがあると思料される点のあることを考慮すると、配転拒否の責をひとり申請人のみに帰せしめることは酷な面もある。

以上の事実からすれば、本件懲戒解雇はその理由とされている配転命令拒否の事実はあるものの、その拒否理由の基礎となる重要な事実について被申請人に誤認があり、その誤認したところに基づいて申請人の所為を企業内の重大な秩序違反と捉え、懲戒のうちで最も重い即時解職を選択して、本件懲戒解雇におよんだものと認められるから、その処分の内容が事実認識の誤りに基づく過酷なものであるとの評価を免れることができず、結局社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものといわざるをえない。

そうすると、本件懲戒解雇は懲戒権者の事実誤認に基づいて過酷な処分に及んだものとして、懲戒権を濫用したものというべきで、その効力を認め得ないものである。

七賃金請求権の存否

前説示のとおり本件配転命令は有効であるところ、申請人は従前の本店工務部研究課に労務の提供をしようとしたが、配転先の仙台支店に労務の提供をした事実はこれを窺わせる資料がない。そこで、労務の提供をしなかつたことが被申請人の責に帰すべき事由によるものか否かを検討すると、前認定のとおり、申請人及び組合において本件配転を不当労働行為として拒否するとともにその拒否の態度を継続したことの原因の一つに被申請人において、申請人が配転を拒否するために内示後急遽次期本部執行委員長に立候補したものと速断し、組合からの話し合いの申し入れや本件配転についての説明要求に対し全くこれを受け付けず、遂には申請人を懲戒解雇したことが挙げられるが、一方疎明資料によれば、申請人は本件配転命令が有効であつたとしても仙台支店(三沢米軍工事現場)に労務の提供をする意思を必ずしも有していなかつたことが一応認められる。

そうすると、右被申請人の行為と申請人の労務の不提供との間に因果関係があるとの疎明がないので、申請人が仙台支店に労務の提供をするまでの間、申請人は賃金請求権を有しない。

八保全の必要性

申請人は被申請人に雇傭され、その賃金で生計を支えてきた労働者であるところ、本件懲戒解雇により被申請人からその従業員たる地位を否認され現在に至つているものであるから、その地位保全の必要性は認められる。

なお、申請人が本件配転命令先である仙台支店に労務の提供をするまでの期間賃金請求権を有しないことは前説示のとおりであるが、現時点までのところその生計を維持できていることが申請人審尋の結果明らかであるから、右賃金請求権の疎明がないことについて疎明に代わる保証を立てさせてこれを認めなければならない程の必要性はこれを窺うことができない。

九結論

以上の理由により、本件仮処分申請のうち、申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求める申請については、申請人が被申請人仙台支店でその地位を有することを認める限度で認容し、その余の地位保全の申請及び賃金仮払いを求める申請は理由がなく、却下を免れない。

なお、申請人が被申請人仙台支店に労務の提供をしたにもかかわらず、被申請人においてその受領を拒絶する場合には、申請人が被申請人に対し賃金請求権を有することはもちろんであるが、本件仮処分申請においては、申請人は本件配転命令の無効を主張し、仙台支店への労務提供義務が無いことを前提として、賃金の仮払いを求めていると解されるから、仙台支店に労務提供後の賃金相当額の仮払いを命ずることはできない。

よつて、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文に従い主文のとおり決定する。

(志水義文 一志泰滋 岸和田羊一)

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